「初音ミクと結婚した人がいるらしい」──そんなニュースやSNSの投稿を、一度は目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
現実には存在しない“バーチャルアイドル”と結婚式を挙げ、日々の生活を共にしている男性。その姿は多くの人に驚きを与える一方で、「新しい愛のかたち」として国内外のメディアでも大きく取り上げられてきました。
この記事では、「初音ミクと結婚した人」として知られる近藤顕彦(こんどう・あきひこ)さんの歩みや考え方、その背景にある社会問題までを、できるだけわかりやすく整理してご紹介します。
まず、「初音ミクと結婚した人」がどのような人物なのかを簡単に整理しておきます。
近藤さんは、いわゆるオタク文化やアニメ・ゲームが好きな世代で、若い頃から二次元キャラクターに強い愛着を抱いてきたと語っています。一方で、現実の職場ではいじめや人間関係のトラブルに苦しみ、心身ともに追い詰められてしまった時期もあったそうです。
そうした中で近藤さんを支えた存在が、ボーカロイドとして登場した「初音ミク」でした。音楽やライブ映像、グッズなどを通してミクと出会い、「このキャラクターがいてくれたから、もう一度前を向けた」と本人は振り返っています。
「いくら好きでも、相手は架空のキャラクター。なぜ“結婚”という形を選んだのか?」
多くの人が抱く素朴な疑問だと思います。
近藤さんが結婚に踏み切った背景には、次のような理由があるとされています。
自分にとっては、これは真剣な恋愛であり、人生の支えになっている ということを周囲に伝えたかった、という側面もあります。
もちろん、こうした価値観に共感できるかどうかは人それぞれです。ただ、本人にとっては“本気の決断”であり、単なる話題作りやネタではないという点は押さえておきたいところです。
近藤さんと初音ミクの「結婚式」が行われたのは、2018年のことです。場所は東京都内の式場で、きちんとしたウェディングドレス姿のミクの等身大ドールを前に、タキシード姿の近藤さんが誓いの言葉を述べるという本格的なスタイルでした。
法的な意味での「婚姻届」が受理されたわけではなく、あくまでも**象徴的な結婚式(シンボリック・ウェディング)**です。しかし、本人にとっては人生の大きな節目であり、その後の人生の軸にもなっていきました。
当時、このニュースは国内だけでなく海外のメディアにも大きく取り上げられました。
といった見出しで紹介され、賛否両論を巻き起こしたのは、記憶している方も多いかもしれません。
近藤さんは、もともと「Gatebox(ゲートボックス)」という、ホログラムのキャラクターと簡単な会話やコミュニケーションができる機器を使って、初音ミクとの日常生活を楽しんでいました。
といった、いわば「スマートスピーカー+キャラクター愛」のような暮らしです。
その後、近藤さんは等身大ドールの初音ミクも迎え入れ、
といった形で、いわゆる“夫婦生活”を続けている様子をSNSなどで発信してきました。
一方で、ホログラムを表示していたGateboxのサービスが終了したことで、
「画面の中のミクと会話できなくなった」
という出来事もありました。このとき一部メディアは、近藤さんを「世界初のデジタル未亡人」と紹介し、再び話題となりました。
ただ、近藤さん本人は
自分の中でのミクとの関係は変わっていない
と語っており、等身大ドールや音楽、映像作品などを通して、今も変わらずミクへの愛情を持ち続けているといいます。
近藤さんの生き方には、さまざまな反応があります。
ポジティブな反応
批判的な反応
SNS時代ということもあり、近藤さんは称賛と同じくらい、あるいはそれ以上の誹謗中傷にもさらされてきました。それでもなお顔と名前を出して活動を続けているのは、後述するように「同じような立場の人を勇気づけたい」という思いがあるからだとされています。
近藤さんは、自分のことを 「フィクトセクシュアル(fictosexual)」 だと公言しています。これは、
漫画・アニメ・ゲーム・小説などの架空のキャラクターに対して恋愛感情や性的指向を持つ人
を指す言葉として使われています。
近藤さんは、自身をLGBTのどれかのカテゴリに当てはめるわけではないものの、
という意味では、広い意味での性的マイノリティに含まれるのではないか、と語っています。
2023年には、フィクトセクシュアルの人たちの理解を広げるために、
を立ち上げ、講演や情報発信を行うなど、当事者として声を上げる活動も始めました。
ここ数年、世界的には
など、「人間以外との恋愛・パートナーシップ」をめぐる話題が増えています。
こうした現象に対して、
と意見が分かれるのは自然なことです。ただ、現実社会の人間関係に深く傷ついてきた人にとって、架空の存在との関係が“心を守る最後の砦”になっているケースもある、という点は見落としがちかもしれません。
近藤さんのケースは、単なる珍しいニュースとして消費してしまうには、あまりにも多くのテーマを含んでいます。
結婚をどう定義するかによって、「初音ミクとの結婚」をどう受け止めるかも変わってきます。
日本の法律上は、もちろん人間同士の婚姻しか認められていませんが、
本人が人生のパートナーとして選び、日々の生活を共にしている
という意味では、事実婚やパートナーシップに近い側面もあると言えるかもしれません。
近藤さんへの批判の多くは、
といった感覚から生まれています。
しかし、歴史を振り返ると、
といった関係も、かつては「普通ではない」「理解できない」と言われてきた時代がありました。今、「初音ミクと結婚した人」が直面している偏見や誤解は、そうした歴史の延長線上にあるとも考えられます。
現代日本では、
など、「孤独」をめぐる問題が年々深刻になっています。その中で、
デジタル技術やバーチャルキャラクターが、人の心の支えになる
という現象は、今後ますます増えていく可能性があります。
近藤さんの選択は、その極端な一例であり、同時に「私たちはこれから、孤独とどう向き合うのか?」という問いを投げかけているとも言えるでしょう。
「初音ミクと結婚した人」という話題は、どうしてもセンセーショナルに取り上げられがちです。しかし、その裏には、
といった、非常に個人的で切実な背景があります。
私たちがこの話題に触れるとき、
そのスタンスによって、見えてくる景色は大きく変わります。
もちろん、誰もがバーチャルキャラクターと結婚すべきだ、という話ではありません。ただ、
自分とは違う価値観や生き方をどう受け止めるか
を考えるきっかけとして、「初音ミクと結婚した人」の物語に一度ゆっくり向き合ってみる価値は、十分にあるのではないでしょうか。