――「台湾有事に関しての高市早苗首相の発言への台湾の反応」を整理する
2025年11月、高市早苗首相が国会で「台湾有事は日本の存立危機事態になり得る」と述べ、日本が集団的自衛権を行使して自衛隊を出動させる可能性に言及しました。これが中国の強い反発と、日本への渡航自粛呼びかけにつながっていることは、日本のメディアでも連日報じられています。
では、当の台湾ではこの発言と、その後の中日対立をどう見ているのでしょうか。本記事では、
といった観点から、「台湾側の反応」を分かりやすく整理していきます。
まず、問題となっている発言内容を簡単におさらいしておきます。
2025年11月7日、高市首相は衆議院予算委員会の質疑で、いわゆる「台湾有事」(中国が台湾に対して武力行使や海上封鎖などを行う事態)について問われた際、次のようなおおまかな趣旨の答弁を行いました。
この発言は、安倍晋三元首相が2021年に民間の講演で述べた「台湾有事は日本有事、つまり日米同盟有事」との持論を、現職首相として国会の場で、より法制度に即した形で追認・具体化したものだと受け止められています。
その後も、高市首相は発言の撤回を求める野党の追及に対し、「撤回するつもりはない」と明言し、姿勢を崩していません。
今回のテーマは台湾側の反応ですが、前提として中国側の動きを手短に整理しておきます。
こうした中日間の緊張の高まりが、台湾でも大きなニュースとして取り上げられ、「台湾有事」をめぐる日中対立という構図で報じられています。
台湾の総統府が最初に強い姿勢を示したのは、高市首相ではなく中国側の過激な言動に対してです。
中国駐大阪総領事・薛剣氏は、高市首相の台湾有事発言を批判する投稿の中で、
「その汚い首は、ためらうことなく斬り落とすしかない」
といった趣旨の表現をSNSに書き込みました。この投稿は後に削除されましたが、事実上の「斬首」予告とも受け取れるとして、日台双方で大きな反発を招きました。
これに対し、台湾総統府の郭雅慧報道官は、次のような立場を表明しています。
つまり台湾政府は、高市発言そのものの是非を論じるよりも先に、
「日本の首相に対して殺害をほのめかすような言動に出た中国側こそ問題だ」
という点を強調し、日本の首相に対する脅迫に連帯して反対するというメッセージを発していると言えます(ここは事実に基づく整理と、筆者の解釈を含みます)。
現時点で、賴清德政権が「高市発言を全面的に歓迎する」といった直接的な表現を用いているわけではありません。しかし、
は、台湾政府にとって基本的にはプラスと受け止められていると考えられます。
一方で、台湾政府が公式コメントのトーンを慎重に抑えているのは、
「台湾が日本を『巻き込む』形で緊張をあおっている、と中国側に宣伝材料を与えない」
ためでもあり、歓迎と慎重さのバランスをとっているのが実情といえるでしょう。
台湾社会の反応は、政党や立場によって色合いが大きく異なります。大まかに言うと、
という構図が見えてきます。
まず、中国国民党(国民党)側の代表的な声として、前台湾総統・馬英九氏のコメントがあります。
馬英九氏は、台湾有事を日本の「存立危機事態」と位置付けた高市首相の発言について、
と指摘し、深い懸念を表明しました。
さらに馬氏は、
といった趣旨の主張を展開しており、台海の緊張を抑えるという立場から高市発言を批判しています。
中国語版ウィキペディアが整理しているところによると、国民党の前主席・洪秀柱氏も高市発言に反対の立場を示しており、
といった問題意識を共有しているとされています。
これに対して、与党・民進党の呉思瑤・立法委員(国会議員)は、
「民進党が敵視しているのは中国共産党政権であり、日本ではない。 高市発言を批判する馬英九・洪秀柱らは、誰が味方で誰が敵かを取り違えている」
といった主旨で国民党側を批判し、日米との安全保障協力を重視する立場から、高市発言への評価をにじませています。
台湾南部・高雄市の市議会議員である張博洋氏(無所属)は、
「表面上は高市首相への圧力に見えるが、中国が実際にボールを投げている相手は台湾だ」
と指摘し、賴清德政権は、
と主張しています。
このように、地方レベルからも「日本への支持をはっきり表明すべきだ」と政府に求める声が出ていることは、台湾内でも対日連帯を積極的に打ち出したい層が確実に存在することを示しています。
台湾の政治評論家の間でも、高市発言の評価は一枚岩ではありません。
例えば、元立法委員の郭正亮氏は、
と主張し、高市首相を「大号版の賴清德(より過激な安全保障タカ派)」になぞらえて批判しています。
一方で、対日関係を重視する論者の中には、
「中国が日本にここまで激しく反応しているのは、 日本が本気で台湾有事を自国の問題と捉え始めた証拠だ」
とし、台湾としてはこの「本気度」を上手に外交カードとして活用すべきだ、とする見方もあります。
台湾や日本をまたいで活動する研究者の中には、高市発言を**「抑止力の強化」として評価する見方**もあります。
東京大学東洋文化研究所の林泉忠・特聘研究員は、台湾メディアのインタビューで、
と分析しています。
この見方からすると、高市発言は「戦争を呼び込む」ためではなく、むしろ、
「日本が踏み込んででも抑止に加わる可能性を示すことで、 北京に『手を出せば大事になる』と理解させようとする言葉」
だということになります。
一方で、台湾の一部論説は、高市首相の発言を**「豪賭(大きな賭け)」**と表現し、次のような懸念を示しています。
こうした論調は、
「台湾の安全保障は重要だが、それを理由に日本や米国が前のめりになり過ぎると、 結果的に台湾が最も危険な位置に追い込まれる」
というジレンマを意識したものだと言えるでしょう。
さらに、BBC中文や香港メディアの分析では、
の中で位置づけられており、台湾から見ても、
「日米台三角関係の中で、日本がこれまで以上に前面に出始めたサイン」
として受け止められていると指摘されています。
現時点では、高市発言そのものに対する台湾世論の大規模な世論調査はまだ報じられていません。したがって「台湾人の○割が賛成」といった数字で語ることはできませんが、
これまで見てきた政治家・評論家・専門家の声を総合すると、台湾側の空気感はおおむね次のように整理できます。
最後に、今回の「台湾有事」発言をめぐる台湾側の反応を、改めて整理しておきます。
言い換えれば、高市首相の台湾有事発言は、
「台湾の安全保障は、日本の安全保障そのものだ」
というメッセージを、これまで以上に露骨で具体的な形で世界に示した出来事でした。
台湾にとっては、
という、非常に難しい舵取りを迫られていると言えるでしょう。
今後、賴清德政権がどのようなメッセージと行動でこの局面に対応していくのか。台湾社会の議論は、まだ始まったばかりです。