「ホルマリン漬け」とは?
──渋谷・解体現場のニュースをきっかけに
2025年10月30日に東京都渋谷区の解体工事現場で、遺体が見つかり、そばに割れたガラス瓶と液体があったことから「ホルマリン漬けにされていた可能性がある」と報じられました。警視庁は、そこがかつて産婦人科だったとの情報もあるとして、経緯を調べています。
1. そもそもホルマリンとは?
「ホルマリン(formalin)」とは、刺激のあるにおいがする無色透明の液体で、化学的にはホルムアルデヒド(ホルマリンの主成分)を水に溶かしたものです。日本薬局方で流通するものはだいたい35〜38%のホルムアルデヒドを含み、にごりを防ぐためにメタノールが少量入っていることが多いとされています。
この液体は防腐・殺菌・組織の固定にとても優れているため、医療機関や研究機関、博物館などで長年使われてきました。たとえば手術で切除した臓器や、生まれたときに重い病気があったお子さんの検体などを、後の診断や教育・研究のために保存する際に使います。
一方で、ホルマリンは人体に有害な物質であり、吸い込むと目や鼻・喉が強く刺激され、長時間のばく露は健康被害につながるので、法律上も「医薬用外劇物」として扱われています。取り扱いには換気や防護具が必要で、廃棄にもルールがあります。
2. 「ホルマリン漬け」とはどういう状態か
ニュースなどで言う「ホルマリン漬け」は、生物の体や一部の臓器をホルマリン溶液が入った瓶・容器の中に沈めて保存している状態を指します。簡単に言えば「液体標本」「液浸標本」の一種です。
ホルマリンに浸すと、たんぱく質が〈固定〉され、腐敗を起こしにくくなります。これによって、死後時間がたっても形が大きく崩れず、観察や教育の対象にしやすくなるのです。特に胎児や新生児の体はもともと柔らかく変化しやすいため、医療教育の分野ではホルマリン固定がしばしば用いられてきました。
なお、実際の医療現場では、最初だけホルマリンで固定したあと、より安全なアルコール液に入れ替えて長期保存することもあり、広い意味で「ホルマリン漬け」と呼ばれていても、中身はホルマリンではないケースもあります。
3. 今回の渋谷のケースでなぜ「ホルマリン漬け」の可能性が出たのか
報道では、遺体の近くでガラスが割れる音がして液体が飛び散ったこと、そして現場にかつて産婦人科があったとの情報があることが伝えられています。産婦人科や病理・解剖の分野では、流産や早産で亡くなったお子さん、先天異常のある胎児などを医学的な記録・教育のために保存しておくことがあり、その際にホルマリンを用いることがあるため、警視庁が「ホルマリン漬けだった可能性」を視野に入れたと考えられます。
また、ガラス瓶は長年放置されると、温度変化や中の薬液の揮発・膨張などで割れやすくなります。解体工事で衝撃が加われば、古い標本瓶が破損して液体が散ることは十分起こりえます。
4. なぜホルマリンで保存するのか──医学・教育の目的
「どうしてそんなことを?」と感じる方も多いと思いますが、医療の現場で胎児・新生児の標本を残す主な理由は次のようなものです。
- 🩺 医学教育・研修の教材にするため:教科書だけでは分からない発生の様子や異常の形を、実物で確認できるようにする。
- 🧪 診断の検討材料として残すため:将来、同じような症例が出たときに参照できるようにする。
- 📜 医療史的・病理学的に希少な例を記録しておくため:今ではめったに見られない病変や、当時の医療水準を示す資料として残す。
こうした保存は、現在では倫理指針や個人情報・遺族の意思を重視する方向に変わってきており、勝手に残すことは原則としてできません。今回のように、建物の解体で初めて見つかるケースは、多くが「昔のやり方のまま残ってしまった」可能性が高いと見られます(ここは公開情報からの推測です)。
5. ホルマリンの危険性と、見つけた場合の対応
ホルマリンは揮発してガスを出すので、割れた瓶のそばで強いにおいがしたら近づかないのが基本です。皮ふについても刺激があります。産業分野でも「漏えい時は人を近づけず、大量の水で薄める」といった対策が示されています。
今回のように解体現場で不審な液体とともに人体とみられるものが出てきた場合は、一般の人が中身を確認したり、家に持ち帰ったりしてはいけません。直ちに警察や自治体に通報して、危険物の可能性・遺体の可能性を含めて調べてもらうのが適切です。
6. 「ホルマリン漬け=犯罪」ではない
今回の報道では「事件性も視野に捜査」となっていますが、「ホルマリンで保存されていた」こと自体がすぐに犯罪を意味するわけではありません。医療・研究の目的で正しく行われる保存なら違法ではありません。問題になるのは、
- 🏥 保存された目的・手続きが適切だったか
- 📦 保管の方法が現在の基準から見て妥当だったか
- 🏗 解体の際に適切に引き継がれていなかったのではないか
といった点です。ここは今後の警察・自治体の調査報道を待つ必要があります。
7. まとめ
今回のニュースで多くの人が「ホルマリン漬けって何?」と感じたのは、普段の生活では見ることがない専門的な保存方法だからです。まとめると次のようになります。
- ✅ ホルマリンはホルムアルデヒドの水溶液で、防腐・殺菌・組織の固定にすぐれた薬品。
- ✅ 医療・研究・博物館の分野で、検体や標本を長く保つために使われる。
- ✅ 「ホルマリン漬け」とは、そのホルマリン(もしくはそれを初期に使った液)に検体を沈めて保存すること。
- ✅ 今回のように建物の解体時に古い標本が見つかることがあり、危険なので専門機関に任せる必要がある。
- ✅ 保存そのものが直ちに違法とは限らず、むしろ昔の医療現場の「置き去り」があとから問題になるケースがある。
今回の件は、大変デリケートな話題です。報道を受け取る側も、センセーショナルな言葉だけに反応するのではなく、「当時どういう医療的・教育的な事情があったのか」「なぜそのままになってしまったのか」を冷静に見ていくことが大切です。









