レアアース(希土類)は、モーター、バッテリー、風力発電、スマートフォン、半導体製造装置など、現代のハイテク産業を支える不可欠な素材です。しかし、特定地域への偏在、価格変動、環境負荷、そして地政学的リスクから、世界中で「レアアースを使わずに同じ性能を実現する方法」や「使用量を減らす技術」、いわゆるレアアース代替技術の開発が急速に進んでいます。日本もレアアースの代替え技術に関する分野では早くから研究を進めており、EVや家電など自国産業を守る観点からも重要なテーマとなっています。
この記事では、
レアアースは名前のとおり「レア(希少)」だと思われがちですが、実は地殻中の存在量だけを見ると、そこまで極端に少ないわけではありません。問題は、採掘できる形でまとまって存在している場所が限られていることと、分離・精製コストが高く、環境負荷も大きいことです。さらに、採掘や精製の多くが中国に集中しているため、国際情勢の影響を受けやすく、「供給が政治リスクに左右される」点が産業界にとっての最大の懸念になっています。
2010年には、日本向けのレアアース輸出が一時的に滞り、自動車・家電メーカーが代替材料の開発を一気に加速させたことはよく知られています。あの出来事が、日本における“脱レアアース”の研究を一段高いレベルに押し上げた転機だったといえるでしょう。

レアアースと一口にいっても用途は多岐にわたりますが、とくに代替技術が求められているのは次のような分野です。
電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)、産業用ロボット、HDD、風力発電用の発電機などには、強力で熱に強い永久磁石が不可欠です。これらにはネオジム(Nd)、ジスプロシウム(Dy)、テルビウム(Tb)などが使われます。
液晶テレビやLED照明には、発色や効率を高めるためにユウロピウム(Eu)、テルビウム(Tb)、イットリウム(Y)などが使われています。
自動車の排ガス浄化や石油精製では、セリウム(Ce)、ランタン(La)などが使われることが多く、ここでも代替・低減が求められています。
ニッケル水素電池などで希土類が利用されるケースもあり、EVシフトの拡大に合わせて使用量が増えると予測されています。
これらの分野でそれぞれ異なるアプローチの代替技術が研究・実用化されています。

レアアースを「まったく使わない」ことだけが代替ではありません。実務レベルでは次の3つの方向性がよくとられます。
このほか、リサイクル・都市鉱山の活用も“代替に準じる”重要な手段として位置づけられます。
レアアース依存の象徴がEV用の駆動モーターです。高効率の永久磁石同期モーター(PMSM)はネオジム磁石を使うのが一般的ですが、ここには2つの大きな流れがあります。
高温でも磁力が落ちにくくするためにDyやTbなどの重希土類が添加されますが、これらは特に高価で供給リスクも大きい元素です。そこで、結晶組織をナノレベルで制御したり、粒界拡散法を使ったりして、Dyを使わなくても同等性能を出す磁石が開発されています。日本の自動車・素材メーカーはこの分野で世界をリードしており、トヨタ・ホンダ・日産、さらに日立金属系の技術などが知られています。
テスラが採用してきたような誘導モーターや、近年注目されている**SRモーター(スイッチトリラクタンスモーター)**は、基本的にレアアース磁石を必要としません。制御の難しさや騒音の課題はありますが、パワーエレクトロニクスの進歩により実用性が増しています。日本でも家電向け、小型EV、産業モーター向けにこの方式を採り入れる研究が行われています。
レアアースを使わない高性能磁石として、以下のような研究が進んでいます。
これらはすぐにすべてを置き換えられる段階ではありませんが、「部分的にでもネオジム系を減らす」ことができれば、サプライチェーン上のリスクは大きく下がります。
日本は2010年のレアアースショックをきっかけに、官民一体で代替・低減・リサイクルの3本柱を進めてきました。主な動きは次のとおりです。
これらの施策により、日本国内のメーカーは「中国からの供給が短期的に途絶えても、すぐに生産ラインが止まるリスクは下がった」といわれます。ただし、コスト面ではまだ輸入に頼らざるを得ない部分も多く、完全自立には至っていません。
代替技術というと新素材の開発に注目が集まりがちですが、既存製品からレアアースを効率よく回収する技術も同じくらい重要です。日本では以下のような技術・スキームが実用段階にあります。
東京オリンピックで採用されたメダルの「都市鉱山からの金・銀・銅回収」は象徴的な事例でしたが、同じ発想はレアアースにも適用できます。日本は家電リサイクル法など法制度の整備が進んでいるため、回収基盤をつくりやすいという強みがあります。
LED照明やディスプレイで使われている希土類系蛍光体は、量子ドットやペロブスカイト系材料など、まったく異なる発光原理の材料で置き換えが進んでいます。これにより、色純度を高めつつレアアースの使用を減らすことができます。日本でもLEDメーカー、材料メーカー、大学が連携して研究を進めています。
自動車の排ガス触媒では、希土類を助触媒として使うことがありますが、粒子の分散性を高めたり、構造をハニカム状に最適化したりすることで、同じ浄化性能をより少ない量で達成する研究が進んでいます。トヨタ、マツダなど日本勢はこの分野でも強く、環境規制の厳しい欧米市場での経験が技術に反映されています。
日本は技術力では先行しているものの、いくつかの課題も残ります。
これらを乗り越えるには、単発の研究開発だけでなく、産業政策とセットで技術を市場に根づかせることが必要になります。
脱炭素・電動化・デジタル化が進むほど、通常はレアアースの需要も増えます。つまり、世界が2050年カーボンニュートラルを目指すなら、レアアースの安定供給か、あるいは大規模な代替か、その両方が不可欠です。
日本にとっては、
日本が得意とする“ものづくりの細かい改善”は、レアアース代替の世界でも強力な武器になります。小さな改善の積み重ねが、輸入リスクを下げ、産業競争力を守ることにつながっていくでしょう。