近年、「インバウンド」という言葉をニュースや新聞、観光地の話題などで耳にする機会が増えました。特に新型コロナウイルスの影響で一時停滞していたインバウンド需要が、2023年以降、急速に回復しています。
しかし、「インバウンド」とは具体的にどのような意味なのか、そしてなぜ注目されているのか、詳しく知っている人は案外少ないかもしれません。
本記事では、「インバウンドとは何か」という基本から、経済や地域社会への影響、政府の取り組み、そして今後の展望まで、わかりやすく丁寧に解説していきます。
「インバウンド(inbound)」とは、英語で「内向きの」「外から中へ入ってくる」という意味の形容詞です。ビジネスや物流、旅行の分野などで使われますが、日本においては、特に以下の意味で使われることが多くなっています。
インバウンド(観光業界における意味)とは: 「訪日外国人旅行」や「訪日外国人観光客による経済活動」を指す言葉です。
つまり、海外から日本へ旅行に訪れる人々、またその人たちによって生まれる消費や観光ビジネスのことをまとめて「インバウンド」と呼びます。
反対語は「アウトバウンド(outbound)」で、これは日本人が海外旅行に出かけることを指します。
少子高齢化が進む日本において、国内需要だけでは経済の持続的な成長が難しいとされています。そこで、海外からの旅行者=新たな消費者に目を向けることで、日本経済の活性化を図ろうとする動きが広まりました。
為替レートの影響で、海外から見ると日本の商品やサービスが「安くて質が良い」と感じられる傾向があります。円安の時期には、訪日外国人が急増する傾向があります。
2021年の東京オリンピック・パラリンピック、そして2025年の大阪・関西万博など、世界からの注目が集まるイベントを契機に、インバウンドの重要性はさらに高まっています。
以下は、観光庁が発表している訪日外国人旅行者数の推移です(※概算、2025年初頭までのデータ)。
年度 | 訪日外国人数 | 消費額 |
---|---|---|
2013年 | 約1,036万人 | 約1.4兆円 |
2018年 | 約3,119万人 | 約4.5兆円 |
2020年 | 約411万人(コロナ影響) | 約0.7兆円 |
2023年 | 約2,500万人(回復中) | 約3.6兆円(推計) |
このように、コロナ禍前のピーク時には年間3,000万人以上が日本を訪れ、数兆円規模の消費が行われていたことがわかります。
訪日外国人の出身国は以下の通りです(※2023年実績、上位5カ国)。
アジア圏からの旅行者が圧倒的に多く、特に韓国・台湾・中国が大きな割合を占めています。アメリカ・オーストラリア・ヨーロッパなどからの長期滞在者も増加しています。
訪日外国人観光客の多くが訪れるスポットとして、以下のような場所があります。
また、「アニメの聖地巡礼」「温泉体験」「抹茶・寿司・ラーメン」などの日本文化体験が人気です。
インバウンドには、以下のような多くの経済的メリットがあります。
観光客が都市だけでなく地方にも訪れることで、過疎化が進む地域の旅館や観光業が潤います。
観光業・飲食業・交通・小売業などで働く人の雇用が生まれます。
消費税や宿泊税などが自治体に入るため、インフラ整備などにも活用可能です。
日本政府は観光立国を目指し、以下のような政策を進めています。
特にアジア諸国に対して観光ビザの取得を簡略化し、訪日をしやすくしました。
言語の壁をなくすための多言語案内、フリーWi-Fi整備、クレジットカード対応の普及が進められています。
有名観光地に偏りがちな旅行者を地方に呼び込むため、「観光ルートの開発」や「地方空港の整備」が行われています。
「インバウンドビジネス」とは、訪日外国人向けに商品・サービスを提供するビジネス全般を指します。以下のような分野が代表例です。
急激に訪日外国人が増えることで、以下のような問題も浮上しています。
特定の観光地に人が集中し、地域住民の生活や自然環境に悪影響を及ぼすケースが発生しています。
文化の違いによるトラブル(ゴミの分別、列の並び方など)が話題になることもあります。
通訳人材の不足、多言語対応が不十分な施設など、ソフト面の整備が今後の課題です。
世界的にコロナ禍が落ち着き、航空路線も回復しつつある中、日本のインバウンド市場も再び成長軌道に乗り始めています。
政府は2030年までに訪日外国人6,000万人、消費額15兆円を目標としています。観光を「稼げる産業」にするため、以下のような取り組みが期待されます。
最後に、「インバウンド」についてのポイントをまとめましょう。
✅ インバウンドとは、訪日外国人旅行・観光を指す言葉
✅ 日本経済にとって重要な成長分野であり、地方活性化や雇用創出に貢献
✅ アジア圏を中心に観光客が多く、日本文化や自然、食を求めて来日
✅ 一方で、オーバーツーリズムや受け入れ体制不足などの課題も
✅ 政府や地域社会が連携して、持続可能な観光社会の構築を目指すことが重要
今後もインバウンド市場は日本の大きな可能性を秘めた分野であり、国際社会とつながる窓口でもあります。外国人観光客を「一時的な客」としてではなく、「未来のパートナー」として迎える視点が、よりよい社会づくりにつながっていくでしょう。
日本がインバウンド観光を意識した最初のきっかけは、なんと明治時代。1868年(明治元年)以降、欧米からの旅行者や外交官、文化人が来日するようになり、日本政府は1872年に「外国人専用のホテル(築地ホテル館)」を建てて対応を始めました。日本で最初の「インバウンド施設」とも言われています。
日本で「インバウンド」という言葉がビジネス用語・観光用語として一般に広まったのは、2000年代後半からです。2003年に政府が打ち出した「ビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC)」がきっかけで、多くの企業やメディアがこの言葉を使うようになりました。
「inbound」は英語として正しい単語で、もともとは「到着する側の」「入ってくる」という意味があります。航空業界では「inbound flight(到着便)」などの形で使われます。ただし、観光業において「インバウンド=訪日外国人旅行」と特定の意味で使うのは日本独自の用法であり、英語圏では「international tourism to Japan」や「foreign visitors to Japan」などと表現されるのが一般的です。つまり、「インバウンド」は“和製英語的な専門用語”として定着している面もあるのです。
2015年ごろ、中国人観光客を中心とした訪日旅行者による大量購入行動が話題になり、「爆買い(ばくがい)」はその年の流行語大賞にも選ばれました。ドラッグストア、家電量販店、百貨店などが大きな恩恵を受けました。
「日本といえば富士山!」という印象がある一方で、公共交通機関やアクセスの複雑さから、初めて訪れる外国人にとっては富士山までのルートが難解で、途中で断念する人も多いそうです。そのため「富士山の見えるホテル」や「富士山ビュースポット」が観光資源として人気なのです。
訪日外国人の中には、「ミシュランの寿司よりも、回転寿司の方が楽しくて好き」という人も。英語・中国語メニューが充実し、注文がタッチパネル式の店舗も多いため、言葉の壁が小さく、安心して利用できるとの声があります。
「Ninja」や「Samurai」は今や世界的に有名な日本文化の象徴であり、多くの外国人旅行者がこれらの文化に興味を持って日本を訪れます。伊賀や甲賀の忍者村、京都の時代劇スタジオなどでは、忍者コスプレ体験や殺陣ワークショップが人気を集めており、歴史やアニメを背景にした“日本らしいアクティビティ”として観光プログラムに定着しています。ファンタジーとして楽しむ人がほとんどですが、リアルな刀の演武や手裏剣体験に感動する人も多いようです。
2023年以降のデータでは、アメリカやオーストラリアの訪日観光客が一人あたりの平均消費額で中国を上回るケースが増えています。これは、長期滞在型の旅行者が増え、宿泊費や体験型アクティビティにお金をかける傾向があるためです。
訪日観光客が驚くポイントのひとつが、日本全国に設置されている自動販売機の数です。駅や街角、山道にまで設置されており、飲み物やアイス、時にはおでんや傘、さらにはTシャツや本まで買えるユニークな自販機もあります。特に治安の良さから、屋外に無人で設置されていても vandalism(器物損壊)がほとんど起きない点に感心する外国人が多く、日本ならではの信頼社会を象徴する存在として語られています。
キリスト教圏の一部旅行者の中には、鳥居(神社の入口)を「異教のゲート」と感じて、くぐるのをためらうケースがあります。日本では観光感覚で気軽に参拝する神社仏閣も、宗教的文化背景が異なると戸惑いにつながることもあるのです。
「コンセント(電源)」「マンション(アパート)」など、日本で使われる英語風の言葉が、外国人には通じないことが多々あります。ホテルのフロントで「コンセントありますか?」と聞いても、”Consent?”と聞き返されることがあるのだとか。