Japan Luggage Express
Japan Luggage Express Ltd.

世界一貧しい大統領のスピーチ・全文

世界一貧しい大統領のスピーチ・全文(日本語訳・英語)

ホセ・ムヒカ大統領がリオ+20で語った「本当の豊かさ」とは

「世界で一番貧しい大統領」と呼ばれたホセ・ムヒカ氏は、南米ウルグアイの元大統領です。

大統領在任中も質素な暮らしを続け、公邸ではなく郊外の家に住み、給与の多くを寄付していたことで知られています。その姿勢は、政治家としてだけでなく、「豊かさとは何か」「人間は何のために生きるのか」を問いかける人物として、世界中の人々に強い印象を与えました。

この記事では、2012年にブラジル・リオデジャネイロで開かれた国連持続可能な開発会議、いわゆるリオ+20でムヒカ氏が行ったスピーチの日本語訳および英語訳を紹介します。

このスピーチは、環境問題だけを語ったものではありません。消費社会、経済成長、働き方、幸福、そして人間らしい生き方について、根本から問い直す内容です。

ムヒカ氏が伝えたかったのは、単に「質素に暮らそう」ということではありません。私たちは何のために働き、何を得るために時間を使い、どのような社会を豊かだと考えているのか。その問いこそが、このスピーチの中心にあります。

ホセ・ムヒカ大統領リオ+20スピーチ全文・日本語訳

ホセ・ムヒカ大統領のスピーチのイメージ

ここにお集まりの、世界各地、あらゆる組織から来られたすべての関係者の皆様に、心から感謝申し上げます。ブラジルの国民の皆様、そしてジルマ・ルセフ大統領にも感謝申し上げます。また、私の前に発言されたすべての方々が示された誠意に対しても、深く感謝いたします。

私たち統治を担う者は、哀れな人類がこれから結ぶことになるであろう、あらゆる合意を守ろうとする内なる意思を、ここに表明します。

しかし、この機会に、いくつかの問いを声に出してみたいと思います。今日の午後、私たちはずっと、持続可能な開発について、そして貧困の爪牙から大衆を救い出すことについて話し合ってきました。

私たちの心の中で、いったい何が揺れ動いているのでしょうか。それは、豊かな社会を手本にした発展と消費のモデルなのでしょうか。私はこの問いを投げかけたいのです。もしインドの人々が、ドイツの人々と同じ数の車を家族ごとに所有したら、この地球はどうなるのでしょうか。私たちが呼吸するための酸素は、どれほど残されるのでしょうか。

もっとはっきり言えば、今日の世界には、70億、80億の人々が、最も豊かな西側社会と同じ水準で消費し、浪費することを可能にするだけの物質的条件があるのでしょうか。それはいつか可能になるのでしょうか。それとも、いつの日か、私たちはまったく別の議論を始めなければならないのでしょうか。

なぜなら、私たちはいま生きているこの文明を作り上げてきたからです。それは市場と競争が生んだ文明であり、驚くほど大きく、爆発的な物質的進歩をもたらしました。しかし、市場経済は、市場化された社会を作り出しました。そしてそれは、地球全体を意識せざるを得ないグローバリゼーションをもたらしました。

私たちはグローバリゼーションを支配しているのでしょうか。それとも、グローバリゼーションの方が私たちを支配しているのでしょうか。情け容赦のない競争を土台とする経済の中で、連帯や「皆で共にあること」について語ることは可能なのでしょうか。私たちの兄弟愛は、いったいどこまで届くのでしょうか。

私は、この会議の重要性を損なおうとして、このようなことを言っているのではありません。むしろその反対です。私たちの前にある課題は途方もなく大きなものです。そして、大きな危機は生態系の危機ではなく、むしろ政治の危機なのです。

今日、人間は自らが解き放った力を統御できていません。むしろ、その力の方が人間を、そして人生を支配しています。なぜなら、私たちはただ無差別に発展するためにこの地球に生まれてきたわけではないからです。私たちは幸せになるために、この地球に生まれてきたのです。

人生は短く、私たちの手からすり抜けていきます。そして、どんな物質的な所有物も、人生そのものほどの価値はありません。これは根本的なことです。

しかし、もし人生が私の指の間からすり抜けていくのだとしたら、より多く消費するために働き、働きすぎ、さらに消費社会がその原動力になっているのだとしたら、どうでしょうか。結局のところ、消費が止まれば経済は止まります。そして経済が止まれば、私たち一人ひとりの前に停滞という幽霊が現れます。しかし、地球を傷つけているのは、まさにこの過剰消費なのです。

そして、この過剰消費を生み出すためには、大量に売る必要があります。そのために、寿命の短いものを作らなければならないのです。だから電球は1000時間以上もってはならないことになります。しかし、10万時間もつ電球は存在します。けれども、それは製造されません。なぜなら問題は市場だからです。私たちは働かなければならず、「使って捨てる」文明を支え続けなければならないからです。こうして私たちは悪循環に閉じ込められています。

これらは政治的な性格を持つ問題です。そして、私たちに対して、別の文化のために闘い始める時が来ていることを示しているのです。

私は、洞穴で暮らしていた時代に戻ろうと言っているのではありません。「後退の記念碑」を建てようと言っているのでもありません。しかし、私たちはこのまま、いつまでも市場に支配され続けることはできません。そうではなく、私たちが市場を支配しなければならないのです。

だからこそ、私のつたない考えでは、私たちが直面している問題は政治的な問題なのです。古代の思想家たち、エピクロスやセネカ、そしてアヤマラの人々でさえ、こう言いました。貧しい人とは、少ししか持っていない人のことではない。無限に、もっと、もっとと欲しがる人のことなのだ、と。これは文化の問題なのです。

ですから、私はいま行われている努力と合意に敬意を表します。そして統治者として、それらを守ります。私が言っていることの中には、受け入れにくいものもあるでしょう。しかし私たちは、水の危機や環境への攻撃が原因なのではないと理解しなければなりません。原因は、私たちが作り上げてきた文明のモデルなのです。そして、私たちが見直さなければならないのは、私たちの生き方です。

私は、生命を支える自然資源に恵まれた小さな国に属しています。私の国には、300万人を少し超える人々が暮らしています。しかし、牛は約1300万頭います。世界でも最高級の牛たちです。そして、優れた羊も約800万頭から1000万頭います。私の国は、食料、乳製品、肉を輸出する国です。起伏の少ない平原の国で、土地のほぼ90%が肥沃です。

労働者の仲間たちは、8時間労働を勝ち取るために懸命に闘いました。そして今、彼らはそれを6時間にしようとしています。しかし、6時間働く人は、もう一つ仕事を持つようになります。結果として、以前よりも長く働くことになるのです。なぜでしょうか。毎月の支払いがあるからです。オートバイ、車、さらに増えていく支払い。そして、それが終わるころには、彼は私と同じように、自分がリウマチを抱えた老人になり、人生がすでに終わっていることに気づくのです。

そして人はこう問いかけます。これが人間の運命なのだろうか、と。私が言っていることは、とても基本的なことです。発展は幸福に反してはなりません。発展は、人間の幸福のために働かなければなりません。この地球上の愛、人間関係、子どもたちの世話、友人を持つこと、基本的な必要が満たされることのために働かなければならないのです。

なぜなら、それこそが私たちの持つ最も貴重な宝、すなわち幸福だからです。私たちが環境のために闘うとき、忘れてはなりません。環境にとって最も本質的な要素は、人間の幸福と呼ばれるものなのです。

ホセ・ムヒカ大統領のスピーチ英語版

ムヒカ氏のリオ+20でのスピーチは、もともとスペイン語で行われました。その後、英語をはじめ多くの言語に翻訳され、世界中で読まれるようになりました。

以下では、英語で読みたい方のために、広く流通している英訳をもとに、読みやすさを考えて整えた英語版を掲載します。

The original speech was delivered in Spanish at the Rio+20 United Nations Conference on Sustainable Development in 2012. The following English version is based on a commonly circulated English translation and has been lightly edited for clarity and readability.

To all the authorities present here, from every region and every organization, thank you very much. I would like to thank the people of Brazil and Madam President Dilma Rousseff. I also thank all of you for the good faith that has undoubtedly been expressed by all the speakers who preceded me.

We hereby express our innermost will, as rulers, to adhere to all the agreements that our poor humanity may have the chance to sign.

Nevertheless, let us take this opportunity to ask some questions out loud. All afternoon long, we have been talking about sustainable development and about rescuing the masses from the claws of poverty.

What is it that is stirring within our minds? Is it the model of development and consumption shaped after that of affluent societies? I ask this question: what would happen to this planet if the people of India had the same number of cars per family as the Germans? How much oxygen would be left for us to breathe?

More clearly: does the world today have the material resources to enable seven or eight billion people to enjoy the same level of consumption and waste as the most affluent Western societies? Will that ever be possible? Or will we one day have to begin a different kind of discussion?

Because we have created this civilization in which we live: a civilization born of the market and of competition, which has brought about prodigious and explosive material progress. But the market economy has created market societies. And it has given us this globalization, which means being aware of the whole planet.

Are we ruling over globalization, or is globalization ruling over us? Is it possible to speak of solidarity and of “being all together” in an economy based on ruthless competition? How far does our fraternity go?

I am not saying this to undermine the importance of this event. On the contrary, the challenge before us is colossal, and the great crisis is not an ecological crisis, but rather a political one.

Today, human beings do not govern the forces they have unleashed. Rather, those forces govern human beings—and life itself. Because we did not come to this planet simply to develop, just like that, indiscriminately. We came to this planet to be happy.

Life is short, and it slips away from us. No material possession is worth as much as life itself. This is fundamental.

But if life is going to slip through my fingers while I work and overwork in order to consume more, and if consumer society is the engine—because, ultimately, if consumption is paralyzed, the economy stops, and if the economy stops, the ghost of stagnation appears before each one of us—then it is this hyper-consumption that is harming the planet.

This hyper-consumption needs to be generated by making things that have a short useful life, so that a lot can be sold. Thus, a light bulb cannot last longer than 1,000 hours. But there are light bulbs that can last 100,000 hours. Yet they cannot be manufactured, because the problem is the market. We have to work, and we have to sustain a civilization of “use and discard.” And so we are trapped in a vicious cycle.

These are problems of a political nature, and they show us that it is time to begin fighting for a different culture.

I am not talking about returning to the days of the caveman, nor about erecting a “monument to backwardness.” But we cannot continue like this indefinitely, ruled by the market. On the contrary, we have to rule over the market.

That is why I say, in my humble way of thinking, that the problem we are facing is political. The old thinkers—Epicurus, Seneca, and even the Aymara people—put it this way: a poor person is not someone who has little, but someone who needs infinitely more, more and more. This is a cultural issue.

So I salute the efforts and agreements being made. And I will adhere to them as a ruler. I know that some of the things I am saying are not easy to digest. But we must realize that the water crisis and the aggression against the environment are not the cause. The cause is the model of civilization that we have created. And what we must re-examine is our way of life.

I belong to a small country that is well endowed with natural resources for life. In my country, there are a little more than three million people. But there are about 13 million cows, some of the best in the world, and about eight to ten million excellent sheep. My country is an exporter of food, dairy products, and meat. It is a low-relief plain, and almost 90 percent of the land is fertile.

My fellow workers fought hard for the eight-hour workday. And now they are trying to make it six hours. But the person who works six hours gets two jobs, and therefore works longer than before. But why? Because he needs to make monthly payments: the motorcycle, the car, more and more payments. And when he is done with that, he realizes that he is a rheumatic old man, like me, and that his life is already over.

And one asks this question: is this the fate of human life? These things I am saying are very basic. Development cannot go against happiness. It has to work in favor of human happiness, of love on Earth, of human relationships, of caring for children, of having friends, and of having our basic needs covered.

Precisely because this is the most precious treasure we have: happiness. When we fight for the environment, we must remember that the essential element of the environment is called human happiness.

 

ムヒカ大統領のスピーチは何を訴えているのか

 

ムヒカ氏のスピーチは、環境問題について語っているように見えます。しかし、内容をよく読むと、彼が本当に問いかけているのは「人間は何のために生きるのか」という問題です。

リオ+20は、持続可能な開発をテーマにした国際会議でした。その場で多くの国の代表者が、環境保護や貧困対策、経済成長について話し合っていました。ムヒカ氏もその重要性を否定していません。むしろ、会議の意義を認めたうえで、もっと根本的な問題を指摘しています。

それは、現在の文明の仕組みそのものです。

環境を守ろうと言いながら、社会全体ではより多く作り、より多く売り、より多く消費することを前提にしています。経済成長を止めることは怖い。しかし、その成長を支える過剰消費が、地球環境を傷つけている。この矛盾を、ムヒカ氏は正面から問いかけました。

なぜ「世界一貧しい大統領」と呼ばれたのか

ホセ・ムヒカ氏が「世界で一番貧しい大統領」と呼ばれたのは、単に財産が少なかったからではありません。

大統領でありながら、豪華な暮らしを選ばず、質素な生活を続けたこと。そして、物質的な豊かさよりも、人間の幸福や自由な時間を大切にする姿勢を貫いたことが、多くの人々の印象に残ったのです。

ただし、この呼び方には注意も必要です。ムヒカ氏は「貧しい暮らし」を理想化していたわけではありません。彼が批判していたのは、物を持つことそのものではなく、物を手に入れるために人生をすり減らしてしまう社会のあり方でした。

彼の言葉を借りれば、貧しい人とは、少ししか持っていない人ではありません。どれだけ持っていても、さらに多くを欲しがり続ける人のことです。

このスピーチの重要なポイント

1. 発展は幸福に反してはならない

このスピーチの中心にあるのは、「発展は幸福に反してはならない」という考え方です。

経済が成長し、便利なものが増え、生活が豊かになることは、決して悪いことではありません。しかし、そのために人間の時間が失われ、家族や友人との関係が薄れ、心の余裕がなくなってしまうなら、それは本当に発展と呼べるのでしょうか。

ムヒカ氏は、発展の目的は人間の幸福でなければならないと考えていました。経済成長は手段であって、目的ではありません。目的は、人間がよりよく生きることです。

2. 大量消費の社会は、地球にも人間にも負担をかける

ムヒカ氏は、過剰消費が地球を傷つけていると指摘しています。

たくさん作り、たくさん売り、たくさん捨てる。この仕組みが続くかぎり、資源の消費も廃棄物も増え続けます。環境問題は、単に技術で解決できるものではなく、私たちの消費の仕方や生活の価値観と深く結びついています。

スピーチの中でムヒカ氏は、寿命の短い製品の例として電球を挙げています。長く使えるものが作れるにもかかわらず、売り続けるために短い寿命の商品が作られる。この話は、現代の使い捨て文化への強い批判として読むことができます。

3. 市場に人間が支配されてはいけない

ムヒカ氏は、市場経済そのものを完全に否定しているわけではありません。問題にしているのは、市場が人間の生活や価値観まで支配してしまうことです。

本来、経済は人間の暮らしを支えるための仕組みです。しかし、消費を増やすこと、売上を伸ばすこと、成長を続けることが最優先になると、人間の幸福は後回しにされます。

「市場に支配されるのではなく、市場を支配しなければならない」というムヒカ氏の言葉は、経済を人間の上に置いてはならないという警告です。

4. 豊かさの基準を見直す必要がある

私たちは、収入が多いこと、物を多く持っていること、便利な生活をしていることを「豊かさ」と考えがちです。しかしムヒカ氏は、その考え方に疑問を投げかけます。

本当の豊かさとは、家族や友人と過ごす時間があること、子どもを大切にできること、愛や人間関係を育てられること、基本的な必要が満たされていることではないか。彼はそう問いかけています。

これは、単なる節約の話ではありません。人生の中心に何を置くのかという、価値観の問題です。

なぜこのスピーチは今も読まれているのか

ムヒカ氏のスピーチが今も読まれている理由は、そこで語られている問題が、現代の私たちにもそのまま当てはまるからです。

多くの人が、便利な生活を求めながら、仕事や支払いに追われています。新しい商品やサービスは次々に登場しますが、その一方で、ゆっくり休む時間、家族と過ごす時間、自分自身の人生について考える時間は減っているかもしれません。

ムヒカ氏のスピーチは、そうした現代社会に対して、静かに問いかけます。

私たちは本当に幸せになる方向へ進んでいるのか。消費を増やすことが、人生を豊かにしているのか。経済のために人間が生きているのか、それとも人間の幸福のために経済があるのか。

この問いがあるからこそ、彼のスピーチは単なる過去の演説ではなく、今も多くの人に読み継がれているのです。

ムヒカ大統領のスピーチから考えたいこと

このスピーチを読むと、「質素に生きなければならない」と受け取る人もいるかもしれません。しかし、ムヒカ氏の主張はそれほど単純ではありません。

彼は、便利なものや経済成長をすべて否定しているわけではありません。人間にとって必要な発展は大切です。貧困をなくすことも、生活を改善することも重要です。

ただし、その発展が人間の幸福を犠牲にしてしまうなら、どこかで立ち止まって考えなければなりません。

より多く買うために、より長く働く。より長く働くために、人生の時間を失う。そして、人生の終わりに近づいたときに、自分は何のために生きてきたのかと気づく。ムヒカ氏は、そのような生き方に疑問を投げかけています。

彼の言葉は、国際会議に集まった政治家や専門家だけに向けられたものではありません。毎日の生活の中で、仕事、消費、時間、お金、家族、幸福について考えるすべての人に向けられたメッセージでもあります。

まとめ

ホセ・ムヒカ大統領のリオ+20でのスピーチは、環境問題を出発点にしながら、人間の生き方そのものを問い直す内容でした。

彼が訴えたのは、貧しさを美化することではありません。物を持つことを否定することでもありません。むしろ、物やお金を人生の中心に置きすぎることで、人間にとって本当に大切なものを見失っていないかと問いかけているのです。

発展は、人間の幸福に反してはならない。経済は、人間のためにあるべきであって、人間が経済のために生きるべきではない。環境を守ることは、人間の幸福を守ることでもある。

ムヒカ氏のスピーチは、現代社会に対する鋭い批判であると同時に、私たち一人ひとりが自分の生き方を見つめ直すための、静かで力強いメッセージです。

Leave a Reply